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【歴史】『年中無休の男』A MAN FOR ALL SEASONS

ライフ大学の元学長であったシッド・ウィリアムス先生が、パーマー大学で学生であった時にガンステッド・クリニックへ友人と訪れた時の体験談の記事になります。実際にガンステッド先生がカイロプラクターとしてどのような人生を送っていたのかがよくわかる内容になっています。また、カイロプラクターとしての見習うべき姿勢を感じて頂けると思います。

A MAN FOR ALL SEASONS『年中無休の男』

私が初めてC.S.ガンステッド先生と出会ったのは1953年。

当時、私たちはパーマーのカイロプラクティックの大学に通っていました。ガンステッド先生の評判は、よく聞いていた。それほどに献身的なカイロプラクターがいるのであればと、私たちはアイオワ州ダベンポートから、ウィスコンシン州マウント・ホレブまで車を走らせた。マウント・ホレブは、ウィスコンシン州のマディソンから西に15マイル(約24キロ)ほど進んだ辺りにあるとても小さな町になります。こんな小さな町でカイロプラクティックのクリニックを営んでいる人物に世界中から患者が訪れていました。 私たちは気持ちを高ぶらせ車を走らせました。彼のクリニックに着いたのは夜20時でした。にもかかわらず、待合室では未だ65~70名ほどの患者が待っている状態でした。私たちがガンステッド先生に会い、アジャストメントを受ける頃には、朝2時になっていました。そんな長い一日のあとで、彼がやったことと言えば、自分が車内で仮眠をとる間に奥様に運転をさせ往診に向かうということでした。私は、ガンステッド先生のカイロプラクティックに取り組む姿勢に感動を受けました。 

決してガンステッドは、営利目的でカイロプラクティックを行っているのではなく、終始アジャストメントのことばかり考えていました。彼は、いつも人一倍の努力を惜しまず、他のカイロプラクターが成し遂げることができないことも、平気でやってのける、そんな存在でした。 その理由には、彼の内に秘めるものが他のカイロプラクターとは異なる次元の洞察力があったからに違いはありません。 彼の観察力は、彼の経験や知識と融合し、より深い理解や気付きを与えていたのです。 今日では、生徒の多くが彼の技術を習得することで、何か公式のようなものを見つけ出し、彼と同様の成果を生み出そうとしています。しかし、ガンステッド先生が数々のすばらしい成果を生み出すために行っていた秘訣を実践しようとする人はいません。

「人生をカイロプラクティックに捧げる」という姿勢

すなわち、「人生をカイロプラクティックに捧げる」という姿勢です。彼の才能を飛び抜けたものに仕立て上げたのは、戦いとも呼ぶべき彼の職務への献身であり、素晴らしい行いをするということへの克己心であり、またそうしたいという強い願望にありました。その強い決意や情熱が並外れた天才的な才能を彼に与えたのです。ほとんどの場合、人々は天才の結果だけを見て、それを真似しようとする。自分自身の才能を呼び起こそうとはしないのである。

ガンステッド先生は、セルバンテスの小説を『ドン・キホーテ』に出てくる「ラ・マンチャの男」 のような人でした。医療という大きな壁や困難を知りながらも立ち向かう勇気や信じる道をひたすら歩む姿勢が誰よりの強かったのです。 まさに、病気で悩んでいる人を1人での多くカイロプラクティックで助けたいという果てしない挑戦をしていた人物です。ガンステッド先生は、幸運にも良いパートナーに恵まれた。忙しい日々や、眠れない夜が何年も続こうが彼を愛し支えてくれる女性と結ばれました。

ガンステッド先生は、どんな病気や症状でもそれに対して効果のあるアジャストメントを知っているというカイロプラクターの一人でした。どのような問題に対しても、カイロプラクティックによる解決策を持っていました。現代では、そのようなカイロプラクターは本当に稀です。ほとんどのカイロプラクターは、医学的な解決策に頼り、外的要因ばかりに意識が向けられ、外から治療を行うアプローチをしています。身体を作った力が体を癒すという意識が失われています。しかし、ガンステッド先生は、違いました。誰よりも人間の持っている治る力を信頼し、すべての答えは内に存在しているというアプローチを行っていました。ガンステッド先生がカイロプラクティック界に残した遺産は、絶え間ない奉仕の姿勢であり、慈悲であり、その仕事に没頭するということでした。 そして彼は決して楽をしようとしない男でもありました。

人のために尽くす

私が1953年のあの日、クリニックで目撃した一連のシーン。まさに彼は、あのシーンに描かれていたような人生を送る男でした。彼は一人の人間として、誰よりも人を愛していました。常に患者と寄り添い、情け深い人物でした。彼にとって、自分のクリニックに訪れる人々というのは、決して数字で管理されるようなものではありませんでした。患者の痛みや苦しみを取り除くため、自分にできる最大限の奉仕を患者に与え続けていました。 ガンステッド先生は、人々に絶えず光を与え、日々自分自身を注ぎ込んでいました。険しい道を1人で孤独に進み続けた使命感の根源は、まさに「人のために」という喜びであり、やりがいを与えてくれるものだったのです。精神は、ある意味の筋肉のようなもので、鍛えることで強く豊かになります。ガンステッド先生は、常に全力で自身の持てる全てを捧げ、その強い精神力を手にすることができたのです。

ガンステッド先生の残した情熱を受け継ぐ

私たちは、常に歴史の最先端に位置し、祖先の残した意志や精神の上に生きています。私たちには、先代の残した物すべてに理解をすることや解明することはできませんが、しかし、その先代の残した情熱を受け継ぎ続けることは可能です。 倒すことのできない敵を倒すことに全力を捧げた彼こそ、真に『年中無休の男』なのです。

この記事を読んで、1人でも多くのカイロプラクターに勇気を与えられたらと思います。 今日、治療院業界は本当に厳しい時代に突入しています。 人口は減る一方で、治療院は増える一方です。 経営している先生の多くは、経営のノウハウを学び、テクニック向上のために様々なセミナーに参加しています。 しかし、セミナーでは学ぶことができないことが1つあります。 それは、あなたの”想い”です。自分自身がカイロプラクターとして患者に何を提供したいのか?または、社会に何を実現したいのかと言うあなたの想いや情熱になります。ガンステッド先生は、その想いが明確だったからこそ、あれだけの偉業を成し遂げることができたのだと思います。ガンステッド先生を完全に真似をする事は難しいですが、自分と対話をする事ならできます。私も日々目の前にいる患者と向き合い、感謝、感動、希望をどうしたら与えることができるかと毎日葛藤してきます。ガンステッド先生が残した情熱を受け継ぎ、共に助け合い、1人でも多くの人を助けるために頑張っていきましょう。

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塩川 雅士

塩川 雅士

1980年、東京都生まれ。17才で渡米後、2004年パーマーカイロプラクティック大学を優等で卒業。D.C.の称号取得。米国ナショナルボード合格。日本カイロプラクティックリサーチ協会(JCRA)役員。2005年からカイロプラクターを育成する学校の運営と講師に携わり、現在、年間約300時間の講義やセミナーなどの活動を全国で精力的に行っている。
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