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ガンステッド・テクニックの歴史

ガンステッド

1895年9月18日のD.D.パーマーによる最初のアジャストメントから約120年もの歴史があるカイロプラクティック。現在では、数多くのカイロプラクティックのテクニックや理論が確立されてきました。

そのほとんどテクニックは、開発者の名前が付けられています。その中で最も正確であり、科学的なテクニックがガンステッド・テクニックになります。

ガンステッド・テクニックは、Dr.ガンステッド先生によって開発されました。55年間、カイロプラクターとして休みなく働き、その臨床経験は400万件以上も残されています。

ガンステッド・テクニックには、それらの膨大な臨床データに基づき、科学的に立証された技術が確立されています。

ガンステッドテクニックの歴史

1898年

7月23日、Dr. Clarence S. Gonsteadは、サウスダコタ州のウィローレイクで誕生。 数年後、父は酪農家になることに決めウィスコンシン州へ家族を移し、 農場を営んでいました。

若きしのガンステッド氏は、農場用のトラクターや自動車の修理する仕事に没頭する毎日でした。この経験が、その後の彼のカイロプラクティック人生に大きく影響することとなりました。

1917年

しかし、19歳の時に重度の関節リウマチを患い寝たきりの状態となり、当時の医療では何も効果を得れず、友人の紹介でカイロプラクティック・ケアを受けることとなった。

パーマー大学を卒業したJ.B.オルセン先生によるアジャストメントによって、また歩くことが出来るようになり、そして日常生活を送れる状態まで回復することができた。

この奇跡的な体験が彼をカイロプラクティックの道へと導いた。

1923年

アメリカのアイオワ州ダベンポートにあるパーマー大学を卒業し、D.C.の称号を取得。卒業後、ウィスコンシン州のMt. Horebにてクリニックをオープンする。

Dr.ガンステッドは、朝の7時~夜10まで患者を診て、その後は往診という毎日。1日12~14時間働いていた。

1929年

Dr.ガンステッドの弟のマートンもクリニックで働くこととなり、共に臨床を行いながら、カイロプラクティックの研究が行われました。

Dr.ガンステッドの機械工学の知識と数多くの臨床経験をもとに、神経伝達の妨害の原因であるサブラクセーションは椎間板にあるという理論を確立した。

1939年

最初のクリニックから16年後には、クリニックを拡大する。

当時は、週6日半クリニックで仕事をして、1日250人の患者が中西部全域からクリニックに訪れていた。街で深夜遅くまで明かりがついていたのは、彼のクリニックただ1軒だけであった。

彼は起床した日と同日に決して寝床にはいることはなかったと言われていた。

1954年

Dr.ガンステッドのもとに多くの人が集まり、独自の理論や骨盤分析(Pelvic Analysis)、アジャストメント専用テーブルの開発、検査用のNervoscopeという器具の開発、そして全身が撮影されたレントゲン(Full Spine X-Ray)とその分析手法も発展された。

これらによりガンステッド・システムは、より緻密な分析に基づく科学的な説明が可能となり、この分析に基づく的確なアジャストメント技法によって、安全性と効果が確立された。

そしてカイロプラクターがガンステッド・テクニックを学ぶことができるセミナーを主催し、世界中にガンステッド・テクニックが広められることになった。

1964年

Dr.ガンステッドは29,000 square foot(約2,695㎡)に及ぶ広大なオフィスを建設しました。

100名が収容することができる待合室、11個の施術部屋、76人の客を収容可能な宿泊施設、宿泊者のためのカフェテリア、世界中から患者さんを受け入れるための飛行機専用の滑走路が併設されました。

地下室では、セミナーを行うことができる大きな会場が設けられた。

当時は、カイロプラクターの暗黒期と言われるほどの厳しい時代で、医師会の弾圧が激しく、カイロプラクターを排除する流れで、多くのカイロプラクターが起訴され、牢獄に送られていました。

当時のほとんどのカイロプラクターが自宅で細々と隠れながら仕事をしている状態でした。

そんな時代背景の中Dr. ガンステッドは、カイロプラクティック業界にとって世界最大級のクリニックを建設したことはビックニュースとなりました。

そして、世界中からDr. ガンステッドの治療を受けにくる患者さんやセミナーを受けに来るカイロプラクターで毎日人が押し寄せるほどのクリニックでした。

現在でもクリニックは、最大のカイロプラクティックのクリニックとして存在し、セミナー開催場所としても活用されている。

1961年

1950年代のカイロプラクティックの大学では、上部頚椎のみを対象にするターグル・リコイルというテクニックの指導のみを行っていたが、当時パーマー大学の学長であったB.J.パーマーは、業績を称え、ガンステッド・テクニックを大学でのカリキュラムに導入することを決意する。

1968年

Dr.ガンステッドの元で学生の時から勉強をしていた、Dr. ラリー・トラキセル先生が1968年にパーマー大学の近くでクリニックをオープンする。

ガンステッド・テクニックを勉強したいという情熱のある学生をクリニックで受け入れ、Troxell Intern Programというインターン制度が設けられ、在学中の学生がガンステッド・テクニックを学ぶことができる制度を確立する。

これまでに、このプログラムを卒業した学生は、1000人以上にのぼり、2007年にDr.トラキセル先生がお亡くなりなった後も、Dr.ジョッシュ・ローワー先生によって受け継げられている。

Dr.ガンステッド先生とDr.トラキセル先生

Dr.トラキセル先生と塩川満章D.C

1974年

Dr.アレックス・コックス

Dr.ダグラス・コックス

51年の臨床経験を積んだDr.ガンステッドは、ガンステッド・クリニックで共に仕事をしていたDr. アレックスとダグラス・コックス兄弟にクリニックとセミナーの権利を譲ることを決めた。

その後もコックス兄弟は、Dr.ガンステッドの意思を受け継ぎクリニックの発展とセミナー活動に力を注いていった。

Dr.ガンステッドと塩川満章D.C(1974)

1978年10月2日、ガンステッドは80歳にしてこの世を去りました。しかし彼が生み出したガンステッド理論は世界中の多くのカイロプラクターに広まった。

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塩川 雅士

塩川 雅士

1980年、東京都生まれ。17才で渡米後、2004年パーマーカイロプラクティック大学を優等で卒業。D.C.の称号取得。米国ナショナルボード合格。日本カイロプラクティックリサーチ協会(JCRA)役員。2005年からカイロプラクターを育成する学校の運営と講師に携わり、現在、年間約300時間の講義やセミナーなどの活動を全国で精力的に行っている。
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